山梨県の道志村にあるとうふ屋ほたるさんは、かつて村人たちに欠かせない文化だった「道志どうふ」を忠実に再現し、村おこしに一役買っている存在です。
「一から端正こめてつくった道志どうふに、焼印を押して、はじめて完成です」と語る、とうふ屋ほたる池谷悟さんに、お話をおききしました。
とうふ屋ほたるについて
山梨県の道志村で、手づくり豆腐を販売しています。今年で創業3年目の若い店です。
昔、この地域では豆腐づくりが盛んでした。「道志どうふ」と呼ばれ、僕が小さいころは食卓に必ずと言っていいほど豆腐が並んでいました。しかし、時代の流れとともにその光景も消えてゆき、いつの間にか道志どうふは消えてしまいました。
数年前、村の人たちのなかで「あの頃食べた豆腐をもう一度食べたい」「道志どうふをもう一度再現し、村おこしをしよう」という話が持ち上がりました。
当時の僕はペンキ屋で、豆腐の世界はまったく知りませんでした。でも、生まれ育った村のためになにかしたい。そうして立ち上げたのが、このとうふ屋ほたるです。
まずは栃木県の豆腐屋さんに修行に行きました。そこでみっちり豆腐の基礎を勉強して道志村にもどり、いよいよ道志どうふの再現にかかりました。
レシピはありません。小さい頃食べた記憶だけをたよりに「たしかもっと固かった」「こんな味だった」と何度も試行錯誤しました。
そのうちに、「どうせこだわるなら、とことんやろう」と思いはじめ、豆腐の原料になる大豆を自分たちの手で道志の畑に植えて育てることにしました。
このあたりは道志水源林と言って、林野庁から「水源の森百選」に認定された水の里でもあります。道志の人の手で大豆を育て、道志の水で豆腐をつくる。
そうやって、やっとの思いでできあがったのが、この豆腐です。
「こだわって作った豆腐に、なにか一工夫したい」
こだわってつくり上げた豆腐だけに、なにか一工夫したいなと思ったんです。
当たり前だけど、豆腐って、真っ白じゃないですか。これだけ苦労したんだから、なにかインパクトのある仕上げをしたかった。
最初、色をつけたいと思いました。でも、豆腐の色そのものを変えてしまうと、昔の道志どうふとは違うものになってしまう。悩みましたよ。昔の人が作ったものをアレンジするのは、とても難しいんです。
あるとき、ふと、焼きどうふが思い浮かびました。あっ、焼き目をつければいいんだ。じゃあ焼印を押そう、って。
すぐにインターネットで焼印屋さんをさがしました。たくさんありましたね。どんどん電話をして話を聞いてみました。
「ものは、ただ頼まれたとおりに作るだけじゃない。ミナモトさ んにはその考え方があった」
値段、電話の対応、いろんな基準は僕のなかにありましたけど、やっぱり仕事に対する考え方ですね。
ほとんどの焼印屋さんは、「焼印ですね、ハイできますよ。サイズとご予算は?」と事務的な対応でした。
それにくらべてミナモトさんは、焼印を作るのはいいけれど、どういういきさつで、なんのために押すものなのか、やわらかく水分の多い豆腐に一体どうやって押すのか、というところまで一緒になって話をしてくれました。
これが僕の考え方と一致していました。
ものは、ただ頼まれたとおりに作るだけじゃない。新しい発想を考えながら、練り上げて、作っていく。僕が考えていた焼印のアイデアをお話しして、ミナモトさんに制作を依頼しました。
豆腐に焼印を押すのはけっこう難しい!
真ん中の「ど」は、平面に文字を焼き付けたのではなく、豆腐そのものが文字の形に浮き上がっています。その浮き上がった部分を正方形の焼印で焼きつけてあるんです。
豆腐をつくるステンレスの型には、水を抜くための穴があいています。いつも、出来上がった豆腐の表面にその穴の形が浮き出ているのを見て、「じゃあ文字の型をつくれば、豆腐にそのまま浮き出るんじゃないか」と思いつきました。
本当にうまくいくのかどうか、賭けでもありましたが、やってみると大成功でした。
はじめて押したときは、「すごいな!」って感動しましたよ。
きれいな焼印をつけるまで、最初はすこし苦労しましたけどね。
それでは実際 に、豆腐に焼印を押している職人さんにお話をお聞きしてみましょう。
まずは焼印をガスバーナーで5分ほどかけてじっくり焼きます。
12丁連続で押していきます。
完成!
焼印そのものの焼き加減も、試行錯誤でした。
しっかり焼ききってから押さないと、豆腐の表面がはがれて貼りついてしまうんです。チャーハンをつくるとき、フライパンをしっかり火であぶらないとご飯が べったりくっついてしまうでしょう?あれと同じ原理です。かと言って焼きすぎると1丁目が焦げてしまう。焼きが足りないと12丁押すうちに冷めてしまう。
やってみて、わかって、調整。これの連続でした。
焼印そのものも、ミナモトさんと相談して、一度つくりかえてもらったんです。
最初に作ったものはこれよりもすこし薄くて、連続で押していくうちに熱が逃げて、12丁全部が均等に押せなかったんです。正方形も小さかったので、見た目のバランスをより良くするために、一回り大きいものにしてもらいました。
この「ど」が大成功して、焼印はやっぱりいいなと思いました。それで、店名も入れたいと思い、「ほたる」の焼印もミナモトさんに作ってもらいました。
一から端正こめてつくった道志どうふに、焼印を押して、はじめて完成します。焼印は、うちのこの豆腐にとって、なくてはならないものになりました。
ミナモトへの評価
なによりも、仕事に対する考え方、職人としての心意気がすばらしいですね。
ただ受身でいるのではなく、一緒になって商品のことを考えて、試行錯誤してくださいましたし、時にはアドバイスもしてくださいました。修理の対応もとてもこまやかです。
一度、部品が壊れたことがあるのですが、ただ修理してもどすだけではなく、どういういきさつで壊れたのか、普段どのような使い方をしているのか、ということを聞き取ってくれました。
自分たちの使い方にあわせて、修理の方法を考えてくれる姿勢を見て、ミナモトさんは信頼できる焼印屋さんだと思いました。
さいごに
とうふ屋ほたるは、伝統をまもりながらも、話題性のある新しいものをどんどん作っていく豆腐屋です。これからも、お客さんを楽しませて、ずっと豆腐に愛着 を持ってもらえたらと思っています。
ミナモトさんには、道志どうふのことを一緒になって真剣に考えていただきました。これからも、新しいアイデアを思いついたら、どんどんご相談して、一緒にいいものを作っていけたらと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
とうふ屋ほたる様、本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。